映画『64-ロクヨン-前編/後編』公式サイト

スタッフ

横山秀夫の集大成を映画化。
そして、原作とは異なる結末。
映画『64—ロクヨン—前編/後編』の原作『64(ロクヨン)』は横山秀夫のデビュー作『陰の季節』に始まるD県警シリーズ3作目にしてD県警初の長編である。書き下ろし、「別冊文藝春秋」での連載、また書き下ろしの期間を経ていよいよ完成目前となった09年、単行本の発売日まで決定する。しかし、冒頭から読み返した横山が“この出来では読者からとてもお金をいただけない”と判断して出版を中止。その後改稿を重ね、12年10月にようやく発売となった。出版後には、週刊文春「2012年ミステリーベスト10」国内部門、宝島社「このミステリーがすごい!2013年版」国内編で、ともに第1位を獲得。横山も、自身の集大成と位置付ける警察小説の金字塔である。
その映画化に当たって、主演の三上義信役に抜擢されたのは佐藤浩市。かつて「逆転の夏」(01年)、「クライマーズ・ハイ」(05年)と横山作品を映像化したTVドラマに主演していた彼は、今回の原作も出版されてすぐに読んだとか。“横山さんの小説は一人称で書かれている。しかも「クライマーズ・ハイ」並みにボリュームがあって、感情の起伏がジェットコースターに乗ったように変化していきますから、この三上という主人公を演じるのは大変だろう。ある程度覚悟がないとできないと感じていました”と佐藤は言う。過去のドラマで俳優としての彼に信頼を寄せていた横山秀夫は、このキャスティングを歓迎したという。三上の視点で綴られる膨大な量の原作を群像劇として映画の脚本にするため、原作者と脚本を書いた久松真一、瀬々敬久との間で、何度も意見のキャッチボールがなされていった。久松真一によれは脚本の改稿は22回にも及んだという。横山秀夫は“小説では主人公の心理変化を秒間隔で書いていけるという利点がありますけれど、三上が見たもの聞いたもの以外は書けなくて、彼がすべてを知るまでには時間がかかるんです。映画は、前編は小説をトレースした感じがしますけれど、後編になると三上以外の主要登場人物たちの心理が表現されて、作品としてすごく立体感が出ていました。作家としてはちょっと悔しいですね(笑)”と作品の印象を語っている。特に原作とは異なる映画独自の結末には、そこにたどり着くまでに何度も瀬々監督やプロデューサーらと意見を闘わせたそうで、“随分話し合いました。こう撮りたいという瀬々さんの思い、こう演じたいという俳優さんたちの思いが非常に強いことが分かりました。じっくり話し合って本当に良かった。みんなの強い思いが詰まった、とても幸せな映画になったと思います”と賛辞を寄せている。
県警をまるごと再現。
三上らの広報室がある、物語の主舞台となる県警は、その中身がまるごと1つの建物の中に作られている。使用されたのは新潟県にある、1955年に建てられた旧長岡市役所柳原分庁舎。科学博物館や中央公民館などが入っていたこの分庁舎は2014年春、建物の老朽化に伴い閉鎖。現在では使われておらず、16年5月には取り壊しが決まっている建物のため、内装をすべて作り替えることが可能になった。そこで建物の4階部分までを、県警内の各部屋に完全にリフォームした。1階は俳優たちの控室などに当てられたが、2階は広報室とその向かいに記者クラブなどがあり、3階には本部長室を始め、警務部や秘書課などが置かれ、4階は捜査一課や二課の各部屋が、まるで以前から警察署だったようにセッティングされている。広報室は三上の座る少し大き目のデスクと、諏訪たちが座る机と応接セットぐらいしかない小さな部屋だが、記者クラブはその2倍以上はある広い部屋になっている。ここに30人近いマスコミの記者が常駐している設定だ。本部長室には部屋の前には赤いカーペットが敷かれていて、入口の上には本部長の在室と不在を知らせるランプが付くようになっていて、いかにも偉い人間のいる部屋という感じ。ここまで建物全体を映画用に改装した、臨場感のあるロケセットはあまり例がない。それによって俳優たちも、移動などの時間を気にせずにじっくりと腰を据えて、芝居に集中できる環境が整えられた。
リアルを追求した記者クラブ。
本作では広報室と記者クラブとの関係性の変化が、大きな見どころになっている。それだけに記者クラブの内装、演じる俳優の演技には細心の注意が配られた。記者クラブに常駐しているマスコミは「東洋新聞、全県タイムス、朝陽新聞、毎報新聞、読日新聞、関東経済新聞、東都新聞、中央通信、情勢通信、群馬日報、NHA、群馬中央テレビ、FMケンミン」の全13社。瑛太扮する秋川が所属する東洋新聞以外は、元ネタが想像できる社名になっているのも面白い。中央にある警視庁とはまた違った、地方警察の記者クラブという雰囲気を作るために、現役記者や元記者の方々に監修をしてもらい、新聞、テレビ、ラジオ、通信社など各メディアで異なる、記者の仕事ぶりやキャラクターの違いを細部にわたって作っていった。通常26人いる記者役の俳優はそれぞれ仕事モードと、この部屋で生活しているモードの動きを特訓。彼らはオーディションで選抜され、その後ワークショップを行って、各々の役割を決めていった。広報室に一致団結して対抗していくときと、各社の思惑が交錯して意見の足並みがそろわないときの違いが、きちんとキャラクター分けされていることで、見事に出ているのに注目してほしい。記者クラブは入口から入るとすぐに記者全員に知らせるべき事件の項目が書かれたホワイトボードがあり、その目の前に大きめの応接セットが用意されている。壁に沿ってコの字型に各社のデスクがセットされ、その内側にも詰め込んだようにデスクが並んでいる。デスクの上には様々な事件ファイルが並び、記者の性格によってデスクの上が乱雑な人と、整理された人がいる。大きな事件がないときにはソファーで寝ている人や応接セットで将棋をしている人などリラックスした雰囲気が作られ、その醸し出す空気は非常にリアル。この記者クラブ全体が、この映画のもう一人の主役とも言えるのだ。
若手俳優たちに
宣戦布告した佐藤浩市。
2015年3月中旬。広報室と記者クラブとのやり取りを集中的に撮影するため、佐藤浩市、綾野剛、榮倉奈々、金井勇太の広報室員たちと、瑛太、坂口健太郎を中心とする記者クラブの面々が新潟入りした。撮影が始まる前日の決起集会で、共演する若手俳優たちを前に佐藤浩市は“全力でぶつかって来い。俺が全部受け止めてやる”と宣戦布告とも受け取れる言葉を投げかけた。瑛太は“その言葉を頂戴して、気合が入りました”と語っている。佐藤の言葉に応えるように、現場では常に緊張感のある演技バトルが展開した。例えば警察の匿名発表に抗議するため、記者たちが大挙して本部長室へ向かう場面では、それを止めようとする広報室員たちと廊下でもみ合いになる。止めようとした佐藤浩市を振り切る瑛太の動きは、先輩俳優に対しても掴んだ腕の振りほどき方が乱暴で容赦ない。これに対して佐藤は瑛太を引き留めるポジションを最初よりも手前にして、さらに三上の切迫感を出そうとする。佐藤と五分にわたり合おうとする瑛太のエネルギーと、そのシーンの見せ方を考えてアイデアを出していく佐藤。監督の演出だけではない、俳優たちの熱がこもった演技の作り込みがそこにはあった。
広報室の面々は常に佐藤と演技で渡り合うため、さらに演技が繊細だ。佐藤演じる三上が記者クラブに対して実名発表に踏み切ると宣言し、綾野剛演じる諏訪がそれを止める場面。最初は三上が実名発表に踏み切るのは勝手だが、それによって困るのは三上が異動した後に残る自分たちだ。どうせ三上の広報室勤務は一時的だろうと、諏訪は彼をなじる。これに対して捜査一課にはもう戻れないと三上が言って、彼の本気の覚悟を感じた諏訪は、必死に止める懇願へと変わる。自分のことを考えた怒りから、三上の今後を心配して自分たちが土下座してでも実名発表を止めさせようとする、諏訪の急激な心情の変化と必死さを、綾野は5行に渡るセリフを一気に言うことで表現した。ほとんど息継ぎなしで長ゼリフを言いきらなくてはいけないため、綾野は途中で咳き込む場面もあったが、本番でOKが出た。これに続く榮倉奈々、金井勇太の受け答えも見事に気持ちがこもっていて、広報室のチーム全体の気迫が感じられた。
前編のクライマックス、
脚本9ページ分の長廻し。
佐藤浩市は、三上を演じる上での演技的な山場をいくつかイメージして撮影に臨んだ。その山場の一つが前編のクライマックスとなる、三上が記者たちに広報の発表事案は原則実名にすると宣言し、さらにこれまで加害者が匿名で発表されていた交通事故で死亡した被害者・銘川が辿ってきた人生を語る場面。脚本にして約9ページ、ほぼ三上の一人語りとなる長いシーンである。“ここは実名発表に関することと銘川さんのことを語る2つの話に分かれていて、さらに完成した映像では銘川さんの人生を描いた回想シーンも入る。本来なら分けて撮ったほうが楽なはずなんです。実名発表と交通事故被害者の2つの話の中で、感情のアップダウンがある芝居だったものですから、全体が連鎖してある波を作っていく芝居をやらせてもらうために、あえて一気にやらせてくださいと監督にお願いしました”と佐藤は言う。通しで演技をすると約9分の芝居となるこの場面は、3つのカメラで撮影された。
そうして撮影されたシーンは、三上が記者たちに自身のクビを賭けて実名発表に踏み切る覚悟を表明した後に、孤独に死んだ老人・銘川の人生を語り、やがて三上の中でそれが未解決の「ロクヨン」被害者家族・雨宮とリンクして、思わず涙がこみ上げてくるところまで。これだけでも充分感動的な芝居なのだが、佐藤と監督は2つの違和感を覚えた。1つは記者たちが、あまりにも静かに三上の話を聞きすぎていること。もう1つは雨宮のことを語りだして涙を出すと、この場での主題である銘川のことよりも雨宮への想いが強まってしまうことだった。そこで記者の1人が話を聞かずに外へ出て行こうとするのを三上が止めるアクションを途中で入れ、涙は堪えることに変更。そしてまた9分の芝居が始まる。この本番は通して3回やってOKが出た。休憩をはさんで同一シーンを、今度は記者たちにカメラを向けて撮影することになった。休憩後、やはり3つのカメラで撮られた記者向けのカットは本番4回でOKが出た。思わずその場にいた俳優全員が拍手をしだす。一つの大きな山を乗り越えた充実感が、そこにはあった。
遂に実現した、
佐藤浩市と永瀬正敏の競演。
佐藤浩市と雨宮役の永瀬正敏は、かつて共演予定だった映画がクランクイン直前に流れたため、2人はこれが初共演。娘が家出して、常にそのことが心のどこかに引っかかっている三上と、14年前に起きた誘拐事件で1人娘を殺された雨宮。娘の父親として、どこか共通する喪失感を背負った2人のほんの数回の邂逅が、映画の中では忘れられない場面になっている。雨宮が経営する漬物工場のロケ場所になったのは、埼玉県・深谷市にある実際の漬物工場。ここを看板や別棟に建つ雨宮の自宅の外観などを作り替えて撮影された。雨宮の自宅の前には、14年前に亡くなった娘が遊んでいたであろう自転車や遊具が今もそのまま残されていて、ここだけ昭和64年から時間が止まったようだ。
警察庁長官が雨宮宅を訪れることを了解してもらうため、三上は何度か彼の家を訪れるのだが、最初は長官の訪問を断り、次には了承し、最後は長官が来られなくなったことを伝えに来た三上に優しく対応する雨宮は、謎の多いキャラクターだ。そのため永瀬正敏はあまり感情を表に出しすぎない演技をしているのだが、クランクイン直後に撮られた14年前の娘を救おうと必死になっていた行動的な彼と比べると、どこか魂が抜けたようにも見える。これは皺を刻んだ特殊メイクを施して年齢を重ねた感じを出していることもあるが、長年哀しみを抱えて生きてきた男の雰囲気が、自然に表現されている。その雨宮が3度目の訪問の時、三上が娘のことで悩みを抱えていると感じて彼をベンチに座らせ、“悪いことばかりじゃありませんよ。きっと、いいこともあります”と話し出すところから、三上は警察官の顔を捨て、私人として雨宮と会話をする。“脚本で読んでいた時よりも、父親という部分でのシンパシーで雨宮と接する感じが、やりながら大きくなっていきました。雨宮も三上に対して警察官という部分を飛び越えた存在として何らかのシンパシーを感じてくれていたと思うし、永瀬君はその辺を四の五の言わずに、自分の役と芝居を理解してキッチリと表現してくれましたから、面白いシーンになったと思います”と佐藤は言う。多くを語らずとも通い合う、娘の父親同士のシンパシー。そこには互いを俳優として認め合った、佐藤浩市と永瀬正敏の気持ちの繋がりも重なっているように感じられた。
火花散る、三浦友和と佐藤浩市の先輩後輩対決。
この映画の中で佐藤浩市は、様々な共演者と1対1の演技対決をしている。佐藤は“三浦友和さんを始めとするベテランの方々や、永瀬君、緒形君といった昔から知っているけれどもこれまで共演したことのなかった人、あとは綾野君、瑛太君のような若い人たち。いろんな俳優さんと絡んだときの僕自身と、三上として広報室の中での自分と、警察という組織の中での自分。それぞれの場合で対応の仕方に変化があって、自分の中でバラエティに富んだ芝居ができました”と語っている。その1人が捜査一課の刑事時代に三上の上司だった、松岡勝俊役の三浦友和との場面だろう。広報室へ異動になってから三上は捜査一課から目の敵にされているが、松岡だけは彼に多少なりとも心を開いてくれる存在。その彼を頼って、「ロクヨン」に酷似した誘拐事件の情報を得るため、三上はトイレの中で張り込む。そして2人の駆け引きが始まるのだが、このトイレの場面は、東宝スタジオ内に組まれたセットの中で撮影された。誘拐された被害者家族の実名を教えてほしいと迫る三上。県警で叩き上げの刑事である松岡は、今は広報官として本庁から来たキャリア組の警務部長の部下である三上に“魂を売ったつもりはない”と言い放つ。しかし自分は広報官としての職務を全うしに来たのであって、もはや刑事に戻る気はないと決意を言う三上に対し、“本心でそう言っているのか”と問いかける松岡。三上の中に刑事への執着心が残っているかどうかを確かめるような松岡の鋭い目が、圧力となって三上へと伸し掛かる。その三浦友和の厳しさを、正面から受け止める佐藤浩市。まさに俳優同士の火花散る一瞬だった。ここで三上の本気を感じた松岡は被害者の実名を告げ、娘が家出してから精神が不安定になった三上の妻の心配をしてみせる。警察組織の中での刑事としての顔と、良き先輩としての顔。その2つを短いやり取りの中で表現した三浦友和と、彼の心の揺れを見事に受け止めた佐藤浩市。ここで垣間見えた2人の揺れ動く微妙な関係性は、後編のクライマックスとなる誘拐事件の捜査指揮車の中でも描かれる。そこで松岡は三上にどんな優しい顔と厳しい顔を見せるのか。ここにも注目していただきたい。